最新観光の記事一覧

カマルグ湿地帯

カテゴリ:観光

05/26

フランスの4大河川の一つ、ローヌ川の二つの支流と地中海にはさまれた
この三角州地帯をカマルグ湿地帯と呼んでいます。
プロヴァンスの中でも特徴ある自然地帯で知られています。
カマルグは海抜ゼロメートル地帯で、沼地が多く貝類も豊富です。
したがって水鳥も多く繁殖しています。
春から秋にかけて世界中から渡り鳥がやってきて中でも有名なのは
フラミンゴで巣作りをする場所はヨーロッパでは唯一ここだけである。
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またカマルグでは黒い牛、そして白馬の姿をよく見かけられ、この白馬は
この地方だけで飼育されていて中世イスラムのもたらしたアラブの子孫で
4歳から7歳になる間に毛が白くなります。
背は低めですが、がっしりしているのが特徴。
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またカマルグは農業も可能で湿地を利用して米作が盛んに行われています。
少し細長いお米でフランスではよく付け合せ野菜として食べます。
パスタのように鍋でゆでて食べるのが一般的です。
またカマルグのサラダもありこれはカマルグのお米とツナやゆでたまご、
コーンなどを混ぜていただきます。
子供達人気のカマルグサラダです。
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アルル②

カテゴリ:観光

05/16

ローマ遺跡も多数残っているが、この町は画家のゴッホが住んだ町でもある。
オランダで生まれ学校の先生や伝道師などの活動を続け、1888年の冬に
南仏の輝く太陽を求めて、アルルの町にやってきます。
一時期ホテルに滞在し、<アーモンドの木>という作品を描きます。
アーモンドのお花はプロヴァンスで一番最初に咲くお花でさくらの花に
似ています。それから親友で敬愛するゴーギャンを呼んで二人で共同生活を
はじめます。その時の家は<黄色い家>というタイトルで今でも作品に残され
ています。しかし性格も絵の描き方も違っていた二人、共同生活も上手く
いかずゴッホは精神的にも弱くなりアルルの病院に入院することになります。
短い滞在の間に糸杉やオリーブ畑、夜のカフェテラスなど200点以上の
作品を描いています。アルルの後はサン・レミド・プロヴァンスという町の
今度は精神病院に入院することになります。
ここの病院ではアトリエも用意してくれたがやはり病院の規則がきびしく
先生がいない間にパリの方に戻ってしまう。
フォーラム広場、エスパスヴァンゴッホ、円形闘技場など、彼の描いた作品
が紹介されています。
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もう一つ、アルルの市長舎広場にサントロフィーム教会があります。
プロヴァンスでも最も美しいと言われているロマネスク(ローマ風の)様式の
教会で正面の装飾がすばらしく残ってます。
初代アルルの司教であった聖トロフィームの名前から来ています。
真ん中には最後の審判が描かれていて天国と地獄に行く様子が
あらわされています。
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またフランスには町のの中心の広場にHotel de villeという
建物がありますが、これは固有名詞で市庁舎を表します。
このHotelという単語には二つの意味があり普通に泊まるホテルと
もう一つは大きな公共の建物という事も意味するので
Hotel de villeとなり、最後のvilleは英語のvillage、町という
意味があります。また警察もHotel de policeと表されます。
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アルル①

カテゴリ:観光

05/15

プロヴァンスに来ると必ず訪れる町のひとつアルル。この町には
たくさんのローマ遺跡が集まってます。まだプロヴァンスが北の
パリより栄えていた頃、カエサルシーザーによってローマ帝国の
支配になりこのあたりに様々な建物、円形闘技場、劇場などが
作られていく。
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その頃最も繁栄していたマッサリア(マルセイユ)にとって変わり
経済成長しアルルの港にはアジアやアフリカから多数の商船が
入ってくるようになり貿易も始めました。
しかし5世紀末から相次ぐ侵略により、町の繁栄も衰えかつての
栄光はきえていくがこの町にはその頃に作られた遺跡が
今でも残ってます。
円形闘技場 ローマ時代は血生臭い闘いが行われていたが、
その闘いが廃止になり要塞として使われるようになり200件ほど
家が中に作られた。その小さな町が撤去され再建工事が始まり
1825年に再び闘牛が行われるようになりました。
現在では4月から9月までスペイン式闘牛とカマルグ式闘牛が
行われています。
昔は身分が違うもの同士がすれ違わないようにとたくさんの
出入り口が工夫されています。
ここは上の展望台まだ行けるのでお勧めですが、かなり階段が
急で多いのでゆっくり登ってください。

古代劇場闘技場よりも前、紀元前1世紀末に作られた劇場。
闘技場よりははるかにひどい状態で現在に伝えられていて9世紀には
要塞として使われそのあとはとうとう庭園の下に完全に
埋まってしまう。
17世紀に再発見され現在2本の大きな柱が残っている。
昔は100本の柱がありマイクがなくても肉声で劇を
演じることができた。
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現在はオペラ、コンサート会場として主に使われているが、
3年に一度行われる<アルルの女王選び>の会場としても
使われている。
昔からギリシャの血をひくため美人が多い事でも有名な町で、
条件は民族衣装を自分で着付けできる事、昔のプロヴァンス語を
話せる事などいろいろと条件があるようです。
普段アルルの民族衣装を着た女性に会うのは難しいが、
町の中にあるアルラタン博物館では
民族衣装を着た女性が出迎えてくれます。
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05/15

アルピーユ山脈に続く石灰岩の岩山にレ・ボード・プロヴァンスという小さな町
があります。
レボーの一族は<鷲の一族>と称されたほど、中世南フランスでは最強の
強さをほこる一族でプロヴァンス伯爵領やフランス王国と戦っても一歩も
引かなかったと言われています。
しかし15世紀アリックス・デ・ボーを最後にこの誇り高い町もだんだん衰退し
廃墟となっていく。
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また19世紀にはアルミニウムの鉱石がこの辺りで発見され、レ・ボード・
プロヴァンスの名前をとってボーキサイトとしてアルミニウム産業として
発展していきます。

農産物のオリーブオイルも質の良い物が作られA.O.Cに指定されています。
樹齢6年から12年に達すると実をつけ始め20年あるいは25年が
最長期である。冬に収穫し、グリーンオリーブやブラックオリーブ、
ハーブに漬け込んだものなどたくさんの種類がある。
一流シェフも買いに来るほどプロヴァンス料理には欠かせない
オリーブオイル。収穫したオリーブの実をつぶして作るタプナード
(オリーブペースト)などもある。

現在この町の人口は400人ほどで町の中はおみやげ屋さんが
ほとんどです。
サントン人形博物館や小さなロマネスク様式の教会もあります。
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10世紀岩をくりぬいて作られ中には実際クリスマスのミサに使われる
馬車もおかれています。
素晴らしいステンドグラスは1955年モナコ王室からの寄贈である。 
 
町の頂上に、お城や城壁の一部が残っています。有料ですが、
ここから見る景色は最高です。
景勝地として知られるレ・ボード・プロヴァンスの町並みが一望できます。
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04/30

シャトーヌフ・デュ・パブは<法王の新しいお城>という意味で昔アヴィニヨン
に法王がいた時代に別荘としてお城が作られ、ブドウ作り、ワインが作られて
いきました。あまりお水のいらないオリーブやブドウがプロヴァンス地方の
産業でもあるが、ここのブドウ畑の特徴は土壌に小石がたくさん置かれている。
これは朝と夜に非常に気温が下がるため温度を一定化させるために
小石が使われている。
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またプロヴァンス地方は風が強い地方なので苗木も小さく畑も小さくして
農作物を守るため一般的、に糸杉が暴風林として使われ横に一列に並べら
れている。
ここの特徴は最大13種類のブドウがブレンドされ太陽の恵みで甘いブドウが
作られるため辛口のしっかりした味のワインが作られている。
ほどんど赤ワインが有名だが白ワインも作られている。
町には数えられないほどのワインのお店がならんでいる。
試飲できる所がほとんどです。
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町の中を上の方に歩いていくとお城に到着です。
ほどんど破壊されてなくなってるがここから見る景色は最高です。
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